ジジェクの限界
ジジェクの限界は、要するに最晩年のラカン、死にぞこないのラカン、言葉が不足しすぎてついトポロジーに歩み寄ったラカン、マテームで遊ぶしか能のないラカン、そして結局ボロメオの輪を捨てるしかなかったラカン・・・そんな彼を捉え損ねていることだ。
限界の理由は簡単で、闇夜について、ラカンのようにヘーゲルは述べていないからだ。
なので、ジジェクは既存の「現実界のかけら」とか「ラメラ」の話を出して誤魔化す、あるいは無限判断的言説で誤魔化す。
ミレールの視点からはペテン師と呼ばれても仕方がないが、限界は超越に優先するのだから、特に問題はない。
コミットさん
コメットさんといえば大場久美子なんだが、そんな名前知らないよ、と言うあなたは若い。
大場久美子だってすでに2代目なんだぜ、などという話はどうでもいい。
さて、オレはここで「コミットさん」というドラマを思いつく。
彼女は常に何か(会社、家庭、友人関係、恋愛等々)へコミットすることに失敗するという、まさにポストモダンの主体として生きる青春ストーリーを考え始めたが、オレ自身がこのストーリーへコミットすることに失敗し、挫折した。