思想の断裂 続き
断裂らしきものは確かにある。
ミレールがそう言うのも理解できる。
ところが、よく読んでいくと、・・・・つまり、書いてあることを素直に読んだあと、「それがうまくいかなかった場合、どう考えるのか」を思考するのが、精神分析の方向性だとすると、オレたちはそれを踏襲するべきなのか。
例えば、いわゆる「前期」のセミネールを読んでいくときに得られるものの豊かさをどう考えるべきか。
ミレールが捨てようとしたものは、彼の師が捨てようとしたわけではなく、ただの踏み台、あるいは前提だったとすると、どうだろう。
いずれにせよ、精神分析は捨てられたものを漁る学問だ。
たぶんミレールの意図は、「捨てるから漁りたまえ」ということだと思う。
そして、それらは全面的に正しいわけではない。
そういうことを含めて、重要だということをオレたちは理解しなければならない。
ああメンドクサイ。