存在論的・・・郵便的
モンクを存在論的に述べれば、漆黒の闇だ。彼自身がそうだという意味ではなく、彼の演奏の方法が時に理解しがたいことを意味している。
暗闇をどう表現するかというと、皆、怯えた視線でそこに幽霊を見る。なので、モンクのプレイを評する人はおぞましき幽霊をそこに見るか、あるいは神を見るか。
で、存在論というのは現代思想では克服されたものとされている。いや実は簡単に克服などされないんだが、最先端嗜好病者の流行としては終わった、ということ。その次に何が来るのかは知らないのが、アズマックス氏に敬意を表して「郵便的」と言っておこう。
郵便的にモンクを語るとどうなるか。
流れゆく音の塊を、彼は一度止めて、一瞬の静寂の後、突如振り下ろす。彼は計画的な誤配を生じさせることによって、新しい音楽、価値観を形成していく。
・・・うーむ。詐欺師的な表現だな。日本海溝より深く反省しよう。
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