武器を持たないという賭け
集団的自衛権がどうしたとか平和憲法がどうしたということではない。以下はもっと原則論的な話だ。
例えば、軍隊を持たない国が、暴走した近隣の国に支配された場合、無抵抗主義で皆殺しにあうべきなのか、という話がある。
この話は大げさで「支配される」と「殺される」はイコールではないが、しかし可能性は十分にある。なにしろ戦争などあらゆる国家間紛争は充分に異常な状況だから。
というわけで武器を持たないで侵略された場合、少なくとも死を覚悟する、ということになる。
そんなときにはアメリカが・・・とか言うのは筋違い。他国が日本を救うかどうかというのは、他国の判断であり、日本の判断ではない。それを待ち望むのは単なる願望に過ぎない。
果たして、自分の死、家族の死を覚悟できるのか。それが無抵抗主義のある種の賭けだと思う。戦争を否定するとしても、巻き込まれた場合はどうするべきなのか。巻き込まれた場合を想定しているのか否か。
巻き込まれたことを想定していて、かつ自分や家族の死を覚悟できるのであれば、無抵抗主義は立派に実践されることだろう。その結果はともかくとして。
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