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エディプス


 のちに言語を経由してdas Ding(という全体)となるものを(事後的に)失い、同時に(部分的で)接触的かつ印象的な像を失う、それが人間の喪失だ。

 幼少時にそれらを取り戻すのを禁止されることで逆説的に子供は成長する、というのがエディプスだ・・・それらは象徴的生活に不要なものだから。

 現代でそのエディプスが不在だということは、二重の喪失を喪失のまま引きずり、(das Dingに由来しない全体性を作り上げることができず)部分欲動とともに彷徨っている・・・それが現代人の姿ということになる。





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