戦術の過去と現在 [サッカー]
もともと、トータル・フットボール(1974W杯ミケルス・オランダ)はブラジルの個人技を打破するための戦術だった。
そして、ゾーン・プレス(1987サッキ・ミラン)は、トータル・フットボールのプレッシングに4-4-2という(組み合わせによる)守備の優秀性を組み合わせたものだ。
そして、それらを踏まえた、ペップ・バルサ(2009)が時代を席巻した結果、その対抗策として、フィジカル重視の「徹底ハイ・プレス+ショート・カウンター」(2019クロップ・リヴァプール)が主流となる(ゲーゲン・プレスとハイ・プレスは、戦術としてまったく違うが、プレッシング・フットボールの世界的流行という意味で同列にしておく)。
これが現在地点だ。
このプレッシングを打破するために、先回紹介した『蹴球学』にも見られるような、プレスをかいくぐる工夫がチラホラと登場し始める。
相手ボールでの徹底(片サイド)ハイ・プレス、取られた瞬間のゲーゲン・プレス、引いてカウンター、旧バルサ型ポゼッションというのは、もはや恒常的ではなく、場面場面で使い分けるものになり、そのうえで、優秀な監督は新しいチャレンジをしようとしている。
もちろん、優秀な個人を集めて、個で剥がしていくということで、近年のレアル・マドリが結果を出していることも蔑ろにはできない。
ただ、選手の個の質に頼るのは「戦術家」ではない、という発想が真実ならば『蹴球学』の著者の主張は正しい。
また、バルサのようにチームの伝統的な『哲学』に殉死する(要するに「殉死しない」監督のペップは、ミケルス、クライフ以来の突然変異)のもまた、ある意味正しい・・・が、最近のチャビ・バルサは美しくないと言われるのが残念だ。
蹴球学 続き [サッカー]
この本は、戦術書の出来としてはイタリア語に翻訳されてもおかしくないんだが、たぶんされないので、日本サッカーの関係者はこの現象をうまく利用すべきだと思う。
監督の資質としては、他にモチベーション論や組織論、メディア論などいろいろ学ぶべきだとは思う。
そのうえで、この本をじっくり読むと、戦術的な意味で、サッカーを見る目が高くなる。
そして、日本のサッカーの将来が明るくなる・・ような気がする。
蹴球学 [サッカー]
Leo the football『蹴球学』(KADOKAWA)を読み始める。
「ネットの人が書いたサッカーの戦術書」という感覚で読み始めたが、これはレベルが高い。
「レベルが高い」と言うのは、自らの言葉で「言語化」できているからだ、しかもかなり細かいところまで。
海外の優秀な戦術家の率いるチームのサッカーを分析し、そして自らの監督経験を踏まえて、理論として落とし込んでいる。
もちろん、今後の戦術の流行によって当たり外れが出て来るだろうが、そこは流行の変更に合わせて修正していけばいい。
この本を読んで、なぜチャビがカンセロを取りたがっていたのか、をよく理解できた。
相手に合わせた戦術を考案することで打開するのではなく、あくまでも選手の質で局面を打開する・・・というのが、チャビの頭の中のバルサ的戦術解釈(とくに彼の選手時代を踏まえての戦術解釈)だろう。
それが成功するかどうかは神のみぞ知る・・・。
ミシェル・サンチェス [サッカー]
オレのサッカー観はミケルスとクライフによって育まれたものなんだが、その具体的なアプローチは、セルタ時代のビクトル・フェルナンデスの影響が強い。
現時点のリーガで、それを実践しているのがジローナの監督、ミシェル・サンチェスだ。
ビッグ・クラブのマネジメントは戦術だけではダメで、政治的な動きや自身の哲学の浸透力やカリスマ性やコミュニケーション能力が必要になってくるんだが、とはいえ、素晴らしい攻撃的なサッカーを実現している「裕福ではない」チームと監督を、応援しないという選択肢は、オレにはない。
プレッシング [サッカー]
バルサのプレッシングでネックになっているのは、レヴァンドフスキとフェリックスだ。
彼らのプレッシングはあまり効いていない、というのが、逆に今のバルサのオモシロさになっている。
なぜなら、彼らは点に絡んでくれるので、ロジックとしてはメッシがいたときの考え方(俗に「スーパースター・システム」とも言う)とあまり変わらないからだ。
ペップがバルサから離れたのは、スーパースター・システムという現実よりも自分のロマンを追い求める夢が大きかったから、かつ、(バルサという)クラブやファンによる必要以上の期待とプレッシャーがあったからだと認識しているが、その夢をシティで適えているのは、バルサにとって皮肉な話だ。
スーパースター・システムという足枷の中でも、今のバルサが何とか守備ができているのは、ポルテーロとセントラルとピポーテとインテリオールが「個の質」で頑張っているからだ。
というか、チャビがそう当てはまるように選手を配置した、と見るべきだろう。
モウリーニョなど [サッカー]
勝てばいいのならモウリーニョとかアンチェロッティは素晴らしいし、尊敬すべき監督たちだ。
最近は結果を出していないが、かつてのモウリーニョのモチベーターとしてのレベルは今よりも数段高いところにあった。
ただ、それよりもエンタメとしてのレベルの高いサッカーを見たいという思いはずっと持っている。
MSN [サッカー]
MSN時代のバルサのサッカーは好きではない。
前線にボールが渡ると、暴力的に結果が出てしまうからだ。
「戦術がロナウド」と同様、「戦術がMSN」ということで、見ていて面白くなく感じていた。
点を取るときの苦労と工夫がないサッカーは、個人的に楽しめない。
これもまた、きわめて個人的な意見だ。
シティなど [サッカー]
あくまでも個人的な話だが、今のペップのシティにそれほどの魅力を感じない。
サッカー自体に魅力が無いわけではなく、むしろひとつの理想に近いんだが、オレが勝手に引いているだけ。
自分の戦術(もちろんハイレベルの戦術)を実現するのに、金の力を借りて選手を集め、ロマンと現実を同時に達成しようとしているからだ。
ペップのバルサ時代では「カンテラーノをある程度使って、それでも哲学を実現するために工夫して模索する」を見せてくれた、という意味で高い評価をしていた。
サッカーのオモシロさは、夢(攻撃サッカーという哲学)と現実(金銭的な限界)の狭間で右往左往する姿をヤキモキしながら見ることだと思っているので、それならペップよりもチャビの方が応援する意味がある、監督としての質のレベルは別として。
あと、金があるときに、とてつもなくポンコツな補強をしてしまうセンスの無さが、バルサのアホらしさで、そこに呆れながら文句を言う楽しみがある。
だからバルサでなくてもいいし、20年ほど前から今に至る話をすると、実は、応援するだけならバルサよりもセルタの方が楽しい。
・・・繰り返すが、個人的な(しかもたぶん一時的な)意見です。
セルタ戦 [サッカー]
リーガ第6節バルサ対セルタ。
ベニテスはバルサのハイラインに対して徹底したカウンターを仕掛けてきた。
(1)ヘタフェのようにガツガツ当たる、(2)カウンター、というのが、リーガでの対バルサで考えられる戦い方なんだが、(2)のカウンターを最後までやり切ったセルタは素晴らしい。
とはいえ、チャビはカウンターを恐れずハイラインで戦い続けた。
これが良くも悪くもバルサらしさを体現しているし、監督としてのチャビの長所と短所を同時に示している。
普通ならハイラインでダメなら(1)少しラインを下げる、(2)徹底して相手トップのケアをする、くらいはやるんだが、バルサはあまりそれをやらない。
結果逆転勝ちしたのでそれでいいという考え方もあるし、戦術としてそれはどうかという考え方もあるだろう。
これはロマン主義か現実主義かという、クラブの姿勢の問題だ。
ホームで見せるエンタメとしては正解だが、CLを見据えた戦い方としては誤りだろう。
オレたちはいつも夢と現実の狭間にいることを改めて実感した一戦だった。
あと、気になったのは逆転してからのゲーム収め方だ、ゴールチャンスを3度くらい与えている・・・ギュンドアンがピポーテの位置に下がって、何とか最後を収める姿勢を示しているにもかかわらず、だ。
これはCLのような高いレベルの試合では致命的な展開なので、チャビは当然修正するだろうが、戦術的には攻撃も守備も「必要なスペースに数を足していくこと」を実践するにしても、結果としては「個の質」に依存する場面が多いため(これはビッグクラブの特色)、今後守備の局面でフレンキーの離脱の影響は大きいと見ている。
ラミネ・ヤマル [サッカー]
16歳になったばかりのラミネ・ヤマルがフエラのプリメーラで先発し、しかも活躍してしまうということで、狂喜乱舞だ。
過去、ボージャンやアンスの活躍に、「第二のメッシ」という幻影を見てしまうということがあったので、オレはヤマルについてはしばらく静観するが、ボール・タッチのセンス、体の使い方(向き)を見ていると、サッカーをするために生まれてきたことだけは確かだ。
なお、ヤマルがMVPのビジャレアル戦は、3-4という今どき珍しいスコアとなったが、監督がキケ・セティエンだから、こういうリーガらしい試合になる可能性がまだ残っていた。
バルサはハイラインで、裏抜けされて点を取られることが言われているようだが、これはファン・ハール時代からの伝統芸能なので、仕方がない。
戦術変更 [サッカー]
チャビの戦術変更の方法は、主に選手交代で、中盤の枚数を増やすなどだが、負けているときの変更パターンがやや不足している。
PSMでのクラシコでは、オリオール・ロメウとフレンキーのドブレ・ピボーテ、そして、ペドリがトップ下、左の偽ウイングにギュンドアン、という布陣が安定していたので、CLクラス相手の場合はそんな感じでいくものと思われる。
相変わらずの得点不足は仕方がないとしても、相手戦術によってはボールが回るかもしれないという期待は多少ある。
バルサのサッカー [サッカー]
戦力的な問題はあるだろうが、しかし、最近のバルサは彼ららしいサッカーができていない。
ということは、ポゼッションのための効果的な練習ができていないということになる。
現状では、CLクラスとの戦いになると、カウンター狙いの…ある意味シメオネに近いサッカーをやっている。
だったらチャビが監督をする意味がないのでは、という疑問が出てくるわけだが、バルサがカウンター中心の戦術でしか戦えなくても、チャビだから許されているという面もある。
美しく戦うことができなくなった理由はいろいろあるが、結果を出すためにはフィジカル重視のサッカーに付き合うしかない、ということが一番だろう。
現状を打破するのは難しい。
だからサッカーはオモシロイし観る価値がある。
ギュンドアン続き [サッカー]
サッカーの攻撃練習では、よく三角形を作れというが、実際はそれほど簡単ではない。
相手ゴールと味方の最終ライン、相手中盤の枚数と位置を確かめながらボールをコントロールしていくのは普段から意識してボールを回していく必要がある。
ギュンドアンが来ると、練習時からバルサの展開力が上がっていくはずだ。
あと、彼の加入で、もしかすると専門のピポーテは要らなくなるかもしれない。
フレンキーをセントラルにいれ、ギュンドアンをピボーテにしておけば、ボールは容易に前へ進むと思う。
その欠点は、もちろん守備力の低下だが、バルサなので守備の細かいところは気にしない・・・それがバルサの哲学だ・・・って違うか。
ギュンドアン [サッカー]
なんと、シティからギュンドアンが来る。
この選手は、バルサのカンテラではないかと思うくらい、ポゼッション志向戦術でのポジショニングがうまい。
つーか、今のバルサのカンテラは、なぜかこれができていないと言われている(もちろんある程度はできているが、理想の7割程度の出来)。
なので、バルサの中盤若手には、全員ギュンドアンの動きを学習させるべき、何ならシティ時代の映像を見せてでも勉強させるべきだ。
どうも最近のサッカーはついついフィジカル任せにボールハンティングして結果が出てしまうので、攻撃時の基礎の動きができていない(できるけどやらない)チームが多い。