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メイヤスー


 メイヤスーの思弁的唯物論は、「数学≒科学」対「言語的なディアレクティケー」の図式で考えると、「数学≒科学」の側にいることがよくわかる。

 この場合は「言語的なディアレクティケー」が相関主義というわけだ。

 師匠のバディウは数学の集合論を軸として存在論を展開してしまうようなオッサンなので、弟子も多少影響を受けるのは仕方がない。





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否定神学 その2


 ジジェクはラカンの側にいるのだから、当然「否定神学」的だ。

 で、否定神学的にヘーゲルの「ディアレクティケー」(弁証法)をとらえる。

 つまり、イデオロギーによる(原初的)主体の排除がなければ、近代的主体も国家も、そして何よりもイデオロギーそのものが完成しない、という逆説的な弁証法によるロジックを展開し続ける。





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