新時代に君臨するためのグレイシー的戦術
グレイシー柔術の戦術は画期的だった。
ノールールを想定した戦い方を特化していた。
オレたちはまんまとそれに乗せられてしまったんだが、今となってみればなんだったのか、という感じだ。
なぜならば、今の日本では新日本プロレスが結局独り勝ちの状態だから。
結局、真剣勝負による総合格闘技の興行は、世間的にさほどの価値はない、ということが証明された。
もっと穏健に言うならば、総合格闘技の興行では、あまり継続して集客できない。
アンチプロレスとしての修斗
というわけで、佐山が産んだ修斗と佐山が産んだUWFルールの子供のようなパンクラスは、相容れないものだ。
とくに修斗の一部からは、パンクラスに対しプロレスラーの癖にガチンコやりやがって的なノリで、事実無根な誹謗中傷が出たりした。
このあたりの元をただせばマット・ヒューム近辺がイケないと思うんだが、別にどうでもいい。
あと、○○とかいう記者もかなり問題あったような気がするが・・・。
要するに相手を叩くことでしか自分を主張できないという子供の論理だ。
もちろん修斗関係者の多くはオトナだったと思っている。