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ネガキャン続きの続き


 プロパラと言っても一方的に悪いわけではない。それは日本独自の文化による負の歴史的産物だ。プロパラはプロパラで、いつも心に両論を併記しうまくバランスを取ってくれればいい。そもそも日本のサラリーマンという存在形態自体がパラサイト的だし。

 ところが、そのようなバランスを忘れて、言い換えると、プロテスティング的言説が通用するようになった経緯や、プロパラの登場した経緯を忘れてしまうとパラサイトによる左翼的暴走となる。そうなるともはやジャーナリズムではない。

 そして、逆もまた然り。最近出てきた右翼的言説は、あるプロパラに対するもう一つのプロパラのような様相を呈している。あるべき論やあり方を提示するのではなく、否定がその中心にある。

 まーしかし、どうでもよくなってきたので、これでおしまい。





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